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【瑞姫】「そっか、十三くんも大変なのね」
【十三】「まあ、そっちほどしつけは厳しくないけどさ。人にお茶をおごるくらいなら、こづかいももらってるし」
そう言って、少し意地悪な笑みを浮かべる。
【瑞姫】「なんか嫌味な言い方。ジャムパンあげたじゃない」
瑞姫は唇を尖らせ、文句を言う。その手には、もうアンパンはない。
【瑞姫】「それともわたしのジャムパンじゃ不服ってわけ?」
【十三】「別に、そういうわけじゃないけどさ」
苦笑し、十三も最後のひとかけを口に入れた。よく噛んで、ごくりと飲み込む。
【瑞姫】「やっぱ、なんか不満そうね」
ジト目で睨まれた十三は、お茶を飲んで目線を逸らす。
【瑞姫】「あ、そうだ。ちょっとあっち向いて」
何かを思いついたのか、瑞姫が悪戯っぽい表情を浮かべて公園の一角を指差した。意図が読めずに、十三はそちらへ視線を向ける。
【十三】「なんだよ、なんにもいないじゃない――」
そして、次の瞬間。
【瑞姫】「んっ……」
温かい吐息が、頬に触れた。
やわらかい感触。
まるで全身に電撃が走ったかのように十三はびくりとなり、直後に硬直する。
鼻孔をくすぐる、甘やかな瑞姫の匂い。
さらさらとこぼれた長い髪が、十三の頬をくすぐる。
時が――止まったような気が、した。
けれどそんな時間は長くは続かず、やわらかい感触と温かな吐息はゆっくりと離れてゆく。
それが、どうにも名残惜しかった。
【瑞姫】「これでいいかしら、速水十三くん?」
【十三】「え……あ」
からかうような瑞姫の口調に、ゆっくりと現実へと戻ってきた。思わず頬に手を当ててしまう。
今のは、いったいなんだったのだろう。
【瑞姫】「顔、真っ赤よ?」
【十三】「な、なな、ななななっ!?」
ようやく事態を理解して、十三は混乱した。今頬に触れたのは、そう。
【十三】「な、なんてことするんだよ!?」
【瑞姫】「感謝の印」
対して瑞姫は事も無げに答える。狼狽している自分がおかしいとでも言うように。
【十三】「え――ていうか、なんでそんなに平然としてるんだ?」
【瑞姫】「別に、その程度で恥ずかしがる必要もないでしょ?」
【十三】「そうなの、か?」
【瑞姫】「そうよ?」
そうらしい。最近はずいぶんと日本もオープンになっているようだ。釈然としないまま黙り込む十三。
これは、さすがに初めての経験だった。それも本性を知ってしまったとはいえ、学園のアイドルとまで称された女の子からのキスとなれば、動揺しないはずがない。
ずいぶん、顔が熱かった。誰も公園にはいないというのに恥ずかしい。なんだか視線を感じるような気もする。
おそらくは、隣で楽しげな顔をして十三を見ている瑞姫のものだろうが。
【瑞姫】「ふふ」
【十三】「な、なんだよ」
【瑞姫】「別に。こういうの、楽しいなぁって」
その一言に、毒気を抜かれてしまう。
いままで、こんな風に過ごせる相手はいなかったのだろうか。
確かに、瑞姫に彼氏がいるという話は聞いたことがない。それどころか取り巻きは多くとも、本当の友達もいないようだった。
凛としたお嬢様よりも、屈託なく笑ういまの瑞姫こそが本当の姿なのだと、十三は理解する。
そしてそんな彼女を知ることができた幸運に、十三は感謝したかった。
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